大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

富山地方裁判所高岡支部 昭和32年(わ)24号 判決

被告人 青山定夫

主文

被告人を懲役三年に処する。

但し本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和二十六年六月頃上京し洗濯屋、化粧品販売業等次々と営んだが何れも失敗し、同三十年十一月頃から東京都豊島区西巣鴨一丁目製紙原料商榎本大太郎方で店員として働いていたが同三十二年一月初め主人と商売上の事で見解の相違を来して退職し、その為生活の困窮に直面したが、他方再び独立して商売をやろうといふ考えを抱いていた。そこでその為の資金の工面方に妻瑛子を肩書本籍地の自分の実家へ赴かしめたところ妻から何の返事にも接せず、又失職して生活費にも窮して来たので焦燥感に駆られ、同年二月十一日本籍地に帰つて来たが今迄にも実家には何かと資金の面倒をみて貰つていたのでこれ以上迷惑を掛け難いことや、手土産も持たずに帰つた事や、兄嫁に対して体裁が悪い等が再度心中に浮んで家へ行こうか、それとも行くまいかという葛藤心理に悩まされ附近を彷徨した上結局実家に行きかねて実家近在の青山庄太郎所有の独立の無人の小屋に無断で一泊し、翌十二日決断のつかないまま富山駅へ引き返したが、再び実家へ帰るべく決心し、本籍地の実家の近辺迄再度赴いたが、又決心が崩れ再び彷徨の上前記無人小屋へ泊ろうとしたが雪の為寒かつたことを考えて、やはり実家近在の礪波市坪野五二三番地丸山国一(当三十九年)方の母屋に近接する納屋で一泊して、翌十三日昼頃目覚めて東京へ帰る決心をしたが、所持金もなかつたので、その旅費に充てるため右納屋から同人所有の糯精白米約二斗を窃取し、荷造りをしている所へ、同人が入つて来たのでその逮捕を免れようとして同人の胸倉をつかんで納屋へ引きずりこんだ際、同人がその場に転倒したので同人の足を蹴る等の暴行を加え、更に同人が隙をみて逃げるやその後を追い、音川県道上に至り、同所において所携の長さ四尺位の丸太棒(証第一号)で同人の右腕を二、三回殴打してその際同人に全治一週間を要する右前膊部打撲症兼該部擦過傷の傷害を負わしめ恐怖し居る同人から金員を強取せんことを決意し、同人方玄関において同人に対し「金千円呉れ」と申し向けて脅迫し、同人の母みよ(当七十七年)が堪忍してくれと哀願するや、うるさいとばかり同女の顏面を殴打し、因て同女に対し全治一週間を要する右眼窩打撲症兼上脣部小裂創の傷害を負わしめ、右丸山国一をして現金六百円を交付せしめて以てこれを強取したものである。尚被告人は、右犯行当時心神耗弱の状態にあつたものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人等は、被告人は、本件犯行当時において心神喪失の状態にあつたから無罪である。然らずとするも心神耗弱の状態にあつたから刑を減軽されるべきである旨主張するので、この点につき判断する。

被告人が本件犯行当時及び現在において所謂狭義の精神病者(器質性精神病又は所謂内因性精神病又は中毒性障害者)でなかつた事は、鑑定人佐々木重行の鑑定書及び同人の当公廷における供述により明である。従つて本件犯行が後記の如く異常であるにしてもその異常であるという理由だけによつて被告人の責任能力が無条件に阻却されるものではなく、その異常の程度と本件行為との関連を詳細に心理分析して責任能力の有無を判断しなければならない。

そこで先づ異常の内容であるが、前記鑑定人の所見は次の通りである。即ち、被告人は、分裂性―癲癇性(爆発性)復合型精神病質者であつて、本件犯行は、不決断と彷徨を主徴として両価症状という前提より帰結された感動反応(爆発的攻撃行動)であるというのである。被告人の性格と本件犯行の性質が、程度の点は一応別として、右鑑定人の右所見のような異常性を具えていることは、当裁判所も之を肯認する。

然し、右の異常性の程度についての前記鑑定人の所見には、当裁判所は同意できない。即ち同鑑定人は本件犯行における爆発的行為は、刺戟が或特定の程度を超えると極大の反応を起すという神経学上の所謂悉無律(アレス・オーダー・ニヒツ・ゲゼツ)を適用すべき程度に高度の興奮を伴うものであつた旨述べているが、このような神経学上の原則が本件の如き意志行為についても適用されるかどうかの点につき疑問が存することは論外としても少くとも本件においては、この原則適用の前提となるべき事実関係が存在しない。即ち被告人の興奮の程度は、鑑定人の所見において認定されている程高くなかつたと認めるべきである。従つて当裁判所は被告人の理性力と感情抑制力が本件行為を避け得ない程障害されていたとは考えないのであつて、被告人は、本件犯行当時心神喪失の状態にはなかつたものと判断する。

次に前記異常が心神耗弱の程度に達していたかどうかの点を判断する。

前記認定の如く本件犯行は、被告人の異常性格に基く異常行動であり、その異常の程度は、被告人の判断力と感情抑制力を喪失させる程度にまで至らないにしても、これ等を著しく減弱させるものであつたことは、前記鑑定人の心理分析の通りであつた。(特に、本件行為を全般的に見るとその法的効果の重大さにも拘らず、実質的結果としては、軽徴な経済的及び身体的被害を惹起したにすぎないのであつて、行為当時の諸般の外部的事情をも参酌して考慮すれば、本件行為の全体的な法的効果を認識する被告人の能力は、当時著しく減弱していたことは明である。右の次第で当裁判所は、被告人が本件犯行当時心神耗弱の状態にあつたものと判断する。

(法令の適用)(略)

(裁判官 藤田善嗣 植村秀三 木村幸男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例